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11月3日(文化の日)を中心とした1週間は「文化財保護強調週間」として、各地でさまざまな文化財保護事業が行われ、東京都では「東京文化財ウィーク」が行われています。
ここでは、令和4年10月13日に区が新たに指定した文化財と、「東京文化財ウィーク」について紹介します。
所有者 種徳寺
紙本着色(しほんちゃくしょく)、金地(きんじ)に金砂子(きんすなご)ちらしの屏風です。法量は各隻縦154.8センチメートル、横327.6センチメートルで、ともに「興以(こうい)」の朱文方印一顆(しゅぶんほういんいっか)を有します。落款(らっかん)はありませんが、狩野派の絵師・狩野興以(生年不詳から1636)の筆によると考えられます。中国の高士(こうし)が身に付けるべき四芸(しげい)として尊ばれた「琴棋書画(きんきしょが)」を主題とし、右隻に琴に興じる高士とそれを聴く人々、舟上で棋(ご)をさす高士、左隻に書を嗜(たしな)む高士に、絵筆を2本持ち岩間の水流を描く高士が描かれています。人物が多数登場しますがそれぞれの表情は豊かで、細かく個性の描き分けが行われています。また人物の衣服には金泥(きんでい)で模様が施され、人物や岩、樹木の周囲にはふんだんに色合いの異なる金砂子が散らされている等、装飾的な要素も見て取れます。
興以は狩野探幽(たんゆう)・尚信・安信の後見として教育にあたり、狩野派の進むべき方向を示唆したと考えられますが、基準作となる現存例が少なく比較検討が困難です。そのような中で「興以」の印を持つ本屏風は、師・狩野光信没後、探幽台頭以前の狩野派の画風を伝える作例といえます。
所有者 増上寺
増上寺歴代上人の坐像です。像高は45.4から52.0センチメートル、檜材の寄木造。胡粉下地(ごふんしたじ)に彩色(さいしき)を施し、玉眼(ぎょくがん)を嵌入(かんにゅう)しています。もとは寛永10(1633)年造の同寺開山堂に安置されていました。享保20(1735)年に没した40世衍誉利天(ぎょうよりてい)の像を最後とします。現在は三解脱門(さんげだつもん)階上の釈迦三尊像と十六羅漢(らかん)坐像の前に、向かって左に14躯、右に16躯の計30躯が安置されています。このうち数体には体内納入品や銘文があり、仏師や制作年等を知ることができます。少なくとも16世(寛永9〔1632〕年銘)以降の各像は在位中あるいは没後すぐに制作されたと考えられ、仏師は京仏師や江戸在地の仏師等さまざまです。各像の姿は老若を表現し、おのおのの人となりを写す意が感じられます。
所有者 港区教育委員会
赤坂子ども中高生プラザにあるこのグランドピアノは日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)製で、幅145センチメートル、奥行185センチメートル、高さ98センチメートル(屋根を閉じた状態)、85鍵盤の、標準的なサイズです。全体を黒漆塗りとし、側板(がわいた)には金平蒔絵(きんひらまきえ)で有職(ゆうそく)模様を、金属フレームには漆焼付で菊唐草模様を表す、といった日本の伝統的技法を用い、曲線的な譜面台や脚部等、豊かな装飾性が特徴です。旧氷川小学校が昭和5(1930)年の校舎建て替えの際に、同校の向かいにあった九条家から「皇大后使用のピアノ」として寄贈を受けました。
同社がグランドピアノを完成させたのは明治35 (1902)年で、以後国内外の博覧会に漆塗蒔絵や梨子地七宝(なしじしっぽう)等の装飾を施したグランドピアノを出品し、宮内省や文部省等官公庁への納入を行っています。このピアノも博覧会出品用として製造された可能性が考えられ、同36年第5回内国勧業博覧会出品の同社グランドピアノはこのピアノに類似しています。博覧会や皇室との関わりが考えられる最初期の国産グランドピアノと推測され、側板やフレームにみられる装飾は現存唯一のものと考えられます。日本におけるピアノ産業史の一幕を今日に伝える貴重な資料であるとともに、旧氷川小学校で長らく使われていたこと等、港区の歴史を知る上でも貴重な文化財といえます。
所有者 赤坂氷川山車保存会
山車(だし)人形は祭礼の神輿(みこし)に供奉(ぐぶ)する山車を飾る人形で、江戸時代後期に多く製作されました。江戸時代の赤坂氷川神社の祭礼は山王祭、神田祭に次ぐ大祭で隔年6月15日に行われ、基本的には宮神輿と赤坂21ケ町の産子町(うぶこまち)が出す江戸型山車13本と附祭(つけまつり)が巡行しました。「猩々(しょうじょう)」「猿」「翁」「源頼義」「恵比寿」「神武天皇」「翁二人立」「日本武尊(やまとたけるのみこと)」の8組の人形は、幕末から近代にかけて製作され、江戸・東京の山車人形の製作事情・構造を知る上で貴重な資料です。山車人形は、祭礼に使用されるため後世何らかの修理が施されている例が多いですが、人形をはじめ飾り幕や高欄(こうらん)、額、小道具類等の附属品を含めて、本資料の多くはほぼ製作当時の状態を保っていると考えられます。
都心部の山車は近代以降、老朽化や震災、戦災等によりそのほとんどが失われ、多くが関東の地方都市等へ流出しました。その中で本来の地に現存する本資料の稀少性は高く、港区の歴史・民俗を知る上で貴重な文化財です。
「文化財保護強調週間」にあわせて東京都が平成10年(1998)度から実施している「東京文化財ウィーク」は、都内全般で一斉に文化財を公開し、関連する企画事業をあわせて実施するものです。今年度も都内各所で貴重な文化財の特別公開や各種事業が行われます。
詳しくは、東京文化財ウィークのホームページをご覧ください。