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更新日:2021年4月1日

麻布地区の地域情報紙(最新号)

 アートな麻布に魅せられて25 新聞少年の像 働く庶民の代表選手

「新聞少年の像」(朝倉響子作)は有栖川宮(ありすがわのみや)記念公園の高台に位置する広場にある。固く結ばれた口元と握り拳、筋肉質の肢体、重量感ある新聞の束。この銅像は「新聞を配る少年保護育成の会」によってつくられた新聞少年の像の第1号である。建立から60年余り、少年は孤高のオーラを放っている。

台座背面側には設立の趣旨が記されている。

毎朝毎晩 私たちの待っている新聞を届けてくれるのは、多くの配達少年です。/ 雨にも、風にも、負けないで元気に働く少年たちです。/ その清純な姿が朝倉響子氏の手によって表現されました。/ この像は、少年たちには、仕事への誇りと責任を、/ 大人には、働く少年たちへもっと愛の想いをと、呼びかけているのです。/ 昭和三十三年五月三十日 新聞を配る少年保護育成の会

昭和33(1958)年といえば、東京タワー(日本電波塔)竣工の年。テレビの全世帯普及率は未だ10.4%*2 だった頃である。その一方、当時新聞配達少年は都内だけでも2万人*3いるといわれた。会の設立と像の制作に尽力した高崎節子労働省東京婦人少年室長(当時)は「『像は建てても義務教育中の少年たちが働かなくてもすむような社会になる方が、もっと良いのですが』と語っていた」(読売新聞夕刊1958年4月30日)。

原型を制作した彫刻家・朝倉響子(1925-2016)は、日本近代彫刻界の重鎮 朝倉文夫( 1883-1964)の次女である。父・文夫の教育方針に依り、正規の学校教育は受けず、芸術家たるべく天才教育を受けた。*4
制作にあたり響子は「“配達少年”の少年らしい明るい健康さと働く真剣さを強調したい。それを見て少年たちが励まされるようなものにしたい。今まで“えらい人”の銅像はあったが、働く庶民の姿を街頭に建てた例は少ない。その意味でも新しいものを生み出したい」(朝日新聞朝刊1957年5月27日)と意気込みを語った。同時期、「新聞を配る少年を讃(たた)える歌」の歌詞が一般募集された。西条八十(さいじょうやそ)、サトウハチローらの審査により553篇中第1位に選ばれた歌詞が台座正面に刻まれている。

僕は少年新聞や
軽くしごけば新聞の
インキがプンと匂います
大事にかかえて走るとき
マラソン選手のようでしょう
ぼくは元気な新聞や

歌詞は3番まであり、富田勲(とみたいさお)が作曲、レコードも発売された。

ちなみに同じ広場内には当公園のシンボル「有栖川宮熾仁(たる>ひと)騎馬像」もそびえる。明治36(1903)年、千代田区三宅坂旧参謀本部構内に建立された。それが道路拡幅事業に伴いゆかりの深いこの公園に移設されたのが昭和37(1962)年のこと。順番としては“働く庶民”少年の像の方が、“えらい人”の像を迎え入れることとなった。 昭和33年、像の建立当時10代だった彼らも、現在は70代を迎えている。おひとりでも多くの元・新聞配達少年少女の方々が、長く健脚を保たれることをお祈りしたい。(文中敬称略)

*1 その後同じ型の銅像が岡山市、京都市、広島市、神戸市にも建立された。
*2 内閣府消費動向調査統計表一覧 https://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/shouhi/shouhi.html より
*3 直近のデータ(2019年時点)によると18才未満の新聞販売所従業員数は全国で939人。(一般社団法人日本新聞協会調査データ https://www.pressnet.or.jp/data/employment/employment04.php より )
*4 『朝倉響子展』(ギャラリーユニバース, 1973)略歴より

●取材協力
公益社団法人 日本新聞販売協会 事務局長 渡部俊美氏(取材・文/大村公美子)

 まちのお役だち8 東日本大震災から10年、熊本地震から5年… 振り返ってみよう!あなたの「そなえ」と「きずな」

今年は、3月11日に発生した東日本大震災から10年、そして4月14日と4月16日に震度7を観測した熊本地震から5年になります。10年前、麻布のまちが約3分間揺れ続けたあのとき、
あなたにとって必要になったものは、何でしょうか?
防災グッズ? 安全安心に帰宅できるまち? お金? 助けてくれる誰か?
先月13日の夜、東日本大震災の余震で再び麻布も約1分間揺れました。。。

まちの復興には地域住民と行政の間で様々な課題や困難が生じました。津波で大きな被害を受けた岩手県の陸前高田(りくぜんたかた)市では、10年経った今も遠くからでも『奇跡の一本松』が見えるほど、街のほとんどが更地のままです。平成7(1995)年の阪神・淡路大震災から10年あまり後の平成18(2006)年に全国で上映された、神戸の復興にいたる実話をもとに生まれた映画『ありがとう』(文化庁支援、文部科学省推薦)を観ると、日ごろの「そなえ」と「きずな」の大切さに気づかされます。

ならば、実際に震災が起きる前に、地域住民が行政と、まちの復興を考え、「きずな」を深めてみよう ーー「震災復興まちづくりワークショップ」と名付けられた取り組みが、ここ、麻布で始まりました。

「震災復興まちづくりワークショップ」とは?

大震災を想定した復興過程を模擬体験し、「被災後、どのような暮らしとまちを復興していくか」を、地域の人と区職員、専門家とともに話し合い、検討するワークショップ。麻布地区で住み、働き、学ぶ20人が集まり、災害復興論と都市防災計画が専門で「事前復興まちづくり」を提唱されている東京都立大学の市古(いちこ)太郎教授を講師に迎え、次のスケジュールで進めることになったほか、第2回には、日本防災士会東京都港区支部長の三戸谷(みとや)二朗さんが『ちょっと待って、一斉帰宅!』*1を用いて、大震災での帰宅困難時に家族間でコミュニケーションをとるための「災害用伝言サービス」を紹介されました。

●第1回 ガイダンス・復興を考える視点について
●第2回 災害と復興の課題を考えよう
●第3回 被災後のまちで大事な取り組みを考えよう
●第4回 復興の進め方と復興への備えを検討しよう

参加者一人ひとりが日ごろ気づいていた地域の課題が共有され、大きな地図に書き込まれていきました。石垣やブロック塀の倒れそうな場所、建物のガラスが落ちてきそうな場所、治安の悪化しそうな場所、広いスペースのある神社や寺の場所、麻布に井戸があること*2などが話題になったほか、「麻布に仮設住宅を建てられる場所が十分あるのか?」「遠方に人が出て行ってしまって、人の繋(つな)がりがなくなってしまうのではないか」など、一人ずつ気づいたことを話しながら参加者どうしが交流し、「きずな」を深めていきました

市古先生からのコメント

「商店街と町会・自治会が連携・協力するように、日ごろからの人のつながりが、災害の時にやっぱり役立ってくるのです。」
令和3(2021)年1月、緊急事態宣言が出て、ワークショップは中断されました。withコロナの今、「一堂に会して、麻布の地図を大きく広げて、気づいたことをその地図に書き込んでいく」ワークショップを、画面サイズのウェブ会議に代えることは困難だということも、改めて気づかされました。

「withコロナ(COVID-19)」時代の「そなえ」

阪神・淡路大震災直後は、壊れた建物の解体で粉塵やアスベストが話題になりました。withコロナの今、これらの対策とウイルス対策とを同時にしていく必要があります。国立病院機構仙台医療センターにある臨床研究部ウイルスセンターの実験によると、マスクの材質によってウイルス除去率は異なり、不織布マスクで9割、布マスクで2~3割、ポリウレタンのマスクで1%との結果から、不織布マスクが最も優(すぐ)れており、マウスガードやフェイスシールドはマスクの代用にはならないとも言われています。もっとも、不織布マスクでも、鼻と口を覆っているなど正しく着けておく必要はあります(このことは、アメリカのCDC=疾病予防管理センター=でも、同様の説明がなされています)。

また、withコロナの今、避難所や帰宅困難者一時滞在場所では十分な換気が必要とされ、人と人の距離をあけるために受け入れ人数を減らす必要もあるなど、避難生活も新しい様式に変化することになりそうです。港区では、避難所に行かずに自宅にとどまる「在宅避難」のエリアが増えてきています。あなた自身が、3密を避けるスペースを見つけておくことも、これからの時代では重要な「そなえ」と言えそうです。

●取材協力 港区麻布地区総合支所まちづくり課

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電話番号:03-5114-8812