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更新日:2016年3月2日

みなとアーカイブ 浮世絵でみる今昔08 赤坂桐畑

歌川広重 初代「名所江戸百景 赤坂桐畑」 安政4(1857)年(港郷土資料館蔵)
浮世絵は、中央に桐の木を配置した大胆な構図で描かれており、奥には溜池がみえます。溜池があった場所は、現在の外堀通り付近にあたります。

現在の赤坂二丁目、外堀通りに面した辺りには、溜池沿いに桐の木を植えた畑がありました。

広重の浮世絵に描かれた桐の木と溜池のかなたには、雷雨を思わせる黒雲が美しく描かれています。

この辺りは盛り場としてにぎわっていましたが、明治のころには「赤坂田町」となり、昭和41(1966)年に現
在の町名「赤坂二丁目」となりました。

江戸城の外堀だった溜池の水は江戸時代初期には上水としても使われていましたが、埋め立てが進み、現在は外堀通りに「溜池」の名称のみが残っています。明治初年のころには、長さ約13町12間(約1.4キロメートル)、幅は広いところで約25間(約45メートル)であったと「東京通史」に記録されています。赤坂の桐畑は、この溜池を補強する役割があったようです。

  • この情報は、平成22年(2010年)2月1日号の広報みなとに掲載されました。現在と異なる場合がありますので、ご了承ください。

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