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更新日:2021年3月4日

高輪地区の地域情報紙(最新号)

高輪地区地域情報紙「みなとっぷ」第43号

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 街が変わる 災害のない住みやすい街を目指して

白金一丁目東部北地区が大きく変わる

白金一丁目東部北地区で大規模な市街地再開発事業が進められている。中心となっている事業は高層及び中層のマンション建設で、住戸数は1,247戸と「現在、山手線内で進められている住戸プロジェクトとしては最大級」(白金一丁目東部北地区市街地再開発組合)という。このプロジェクトの発端となったのは災害に強い街づくりだ。近くを流れる古川の増水に耐えられる住宅を、の願いから始まっている。

同地域は過去、古川の増水によって被害にあっている。浸水被害の防止、老朽化した住宅などの建て替えが課題となってきたことを受け、平成16(2004)年にスタートした。有志による「白金のまちを考える会」から始まり、その後組織の改編などを経て平成25(2013)年に都市計画決定告示となり平成27(2015)年に市街地再開発組合の設立認可という道をたどってきた。災害に強い街を目指したので広域をカバーする必要があり、事業規模は大きい。

計画区域面積は約1.7ha(ヘクタール)、ここに地上45階と地上19階建の高層及び中層のマンション棟と地上4階建の工場・病院棟を建設する。建築物の最高高さは約156m。力を入れているのが増水対策で、再開発区域全体を1m以上かさ上げしている。さらに防潮板の設置を行い「費用はかかるが、自動防潮板の設置も考えている」という。

公園のほか「広場」も用意、交流の場に

大規模住宅の場合、近隣住民との関係も一つのテーマだが、面積約500平方メートルの公園も整備され誰でも利用できる。さらに各区分所有者の所有ではあるが約800平方メートルの「広場」も計画され、地域のイベントなどにも活用できるように検討を進めている。またこれまで古川は川岸が閉鎖されていたが幅約6mの歩行者通路が新たに設けられ誰でも川沿いを散策できるようになる。令和4(2022)年中に建物の工事を終え、令和5(2023)年4月から入居が始まる見通しとなっている。周辺地域では東地区がすでに再開発を終え街の表情は変わってきたが、北地区の始動でさらに変貌は加速しそうである。

白金一丁目東部北地区市街地再開発組合 理事長 押見裕司(おしみ ゆうじ)さんに聞く

白金一丁目東部北地区市街地再開発組合
理事長 押見 裕司

浸水に耐えられる街づくりを 地域住民との交流を大切に

東部北地区は古川の増水によって被害を受けてきた過去があります。このために地域が一体となって再開発を進めて災害に強い街づくりしようというのが事業の発端です。私は父の代から地域の住民で、早い段階から立案にかかわってきたことと前の理事長が健康上の理由で退任されたことから私が理事長を引き受けることになりました。街づくりでは地域の住民が仲良くすることが大切だと思っています。このプロジェクトは1,200戸を超える大規模プロジェクトですが、入居されるかなりの方々(約3分の1)はもともとお住まいになっていた方です。また各戸の住居面積も多様で、住民のニーズに配慮しています。地区のイベントにも協力していきます。

再開発の課題の一つが従来の地域割りというか関わり合いをどうするかです。一つの例をあげるとこの地域には新広尾古川町会と白高町会の2つの町会からなっています。新たな住区が誕生したのち旧来のままで良いかどうか考えなくてはなりません。こうした点も今後話し合いを進め納得できる解決策を作り出したいと思います。この地域は東地区の再開発がすでに終わり、2年後には私たちの東部北地区再開発が完了します。この動きがさらに広がると、地域が一段と変化するでしょう。

(担当/阿部、平尾、安藤)

 この街にこの人あり
作曲家 サバイバル・プロデューサー 山崎 一稔(やまざき いちねん)さん

 

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【プロフィール】 山崎 一稔(やまざき いちねん)
大阪府茨木市出身の作詞作曲家、編曲家。昭和29(1954)年生まれ。

関西学院大学在学中に、フォークグループ三輪車のメンバーとして活動。その後、作編曲家ならびにプロデューサーとして活動している。第50回日本レコード大賞「歌鬼(Ga-Ki)〜阿久悠トリビュート〜」で企画賞受賞、第54回日本レコード大賞「もしも明日が 〜三木たかしトリビュート〜」で2度目の企画賞を受賞する。三田豊岡町会防災副部長、御田小地区防災協議会所属、防災士、日本音楽著作権協会正会員

笑いと歌で防災をアピール!

ポピュラー音楽界の著名な作曲家で、また高輪地区の住民として、防災など地域活動に大活躍されている山崎一稔さんにお話をうかがいました。

高輪地区について

関西のご出身ですね。高輪地区に何年位お住まいですか?お住まいになったきっかけは?

高輪地区に来て、23・4年になります。港区にはテレビなどのメディア関係の会社が集結しているので、仕事には便利です。

地方出身者にとって、東京タワーが、すぐ近くにあることも魅力ですね。

防災について

防災について、関心を持たれたきっかけは?

阪神淡路大震災の時、大阪の実家と連絡がとれず、やっと連絡がとれたのが3日後でした。日頃から防災に対して関心を持たなければと思うようになりましたね。

地域の町会とか御田小地区防災協議会で地域活動されていますね。

210303-04.png芸能関係の方は、地域の方々と接触することを好まない方が多いですね。

私は、災害時の対応を考え、地域の方々と積極的に接するようにしています。地域活動では、人前に立ち、イベントをプロデュースするような役割を引き受けています。

地域の防災活動ではどんなことを心掛けていますか?

防災という言葉が堅苦しいように思い、自分ではサバイバル・プロデューサーと称しています。

町会で防災訓練を主催した時、とにかく人が集まりませんでした。多くの方を参加させるには、面白い、興味深い企画が必要と考えました。

そこで、防災をテーマにした面白い防災コントを考え、それを慶應義塾大学の「お笑いサークル」の協力を得て、イベントで実演してもらいました。それからは、防災イベントの参加者が、少し増えました。

防災訓練では、消火器の使い方、消火器具の使い方、救命救助の仕方、避難の仕方など覚えることが沢山あります。

私は作曲家なので、防災の基本的な知識を防災ソングとして、歌で覚えることができるようにしました。30曲位作りましたね。

防災訓練には、若い人の参加が必要ですね。

港区の総合防災訓練では、参加される方は、ご高齢の方が多いですね。

災害時に、救助する側の若い人の参加がもっと必要です。

学校の授業の科目の一つとして、「防災」を入れる必要性を感じています。

幼児教育、小学校、中学校で12年間学べば、立派な防災戦士になり、災害時には頼りになると期待していますよ。

大震災の時は停電などで情報が得られず、大混乱が予想されますね。

その時のために、各町会毎にトランシーバーを配備運用したら、町会員同士、町会同士の連絡に使えるのではないかと私が提案しました。現在、港区では、各町会でトランシーバーを用意することを薦めています。トランシーバーも災害時だけ使うのでは、いざという時、使い方もわからず役に立たないこともあります。お祭りなどで普段から使って慣れていることが大事です。私は使い方を小・中学生に教えています。子ども達は、あっという間に使い方をマスターしてしまいますね。港区の防災には「戦力となる若い力」が必要ですね。

提案されたことを実現されていることがすごいですね。秘訣は?

基本的には、ボトムアップで周囲を巻き込む方法が良いのですが、行政や企業のトップの方に直接お願いするトップダウン方式で進めることでうまく実現することがあります。

鳥取大地震の時、港区が鳥取被災地を支援しました。この時も行政のトップの方に直接訴えて、実現しました。

支援物資についても、企業のトップの方にお願いして、心よく協力していただきました。

防災食・防災用品の備蓄についてどうお考えですか?

町会での備蓄は、スペースも、予算もないのであまり期待できません。

マンション管理組合での備蓄についても、住民の意見の集約が困難で、難しいです。原則、個々のお宅にお願いするしかありませんね。

震度7の直下型大地震が起きた場合、食料の備蓄は、1週間分以上必要だと思います。

高層マンションの防災対策はどうお考えですか?

新しい高層マンションでは倒壊の危険は少ないと思いますが、課題は多々あります。

避難所は、高層マンション住民を収容するキャパシティはありません。港区は基本的に「在宅避難」を想定しています。

問題は「停電した時」です。冷暖房や調理など、私たちは電力に依存した生活をしています。

水をくみ上げるポンプも電気が必要なので、断水になります。

携帯電話、インターネットを使った情報手段も途絶えます。

エレベーターも停止し、使えなくなりますね。

非常用電気設備を持っていても、備蓄燃料が3日間位しかない建物が多いですし、地下にある場合、浸水によって使えなくなる可能性があります。

エレベーターは、電力が回復してもエレベーター管理会社から技術者が来ないと、すぐには使えません。

これらの課題を克服することを日頃から考えていないと在宅避難は厳しいことになります。

高層マンションの防災対策は重要ですね。

歌手、作曲家としての活動について

歌手としてどのような活動をされていましたか?

中学・高校時代からバンド活動を始め大学時代に、学生仲間3人でフォークグループ「三輪車」を結成してデビュー。

たまたまデビュー曲「水色の街」がヒットし、上京し、ほぼ毎日テレビにでていました。

大学を卒業すると、家の稼業を継ぐことになっていましたが、それがいやで芸能界に留まろうと作曲家に転向しました。大阪の吉本や松竹芸能の番組テーマなどを手掛けることになり、その結果「第2のキダタロー」などと言われるようになりましたね。しかし、キダタローさんは、二人もいらない(笑)と考え東京に戻ることにしました。

作曲はどのように勉強されましたか?

私の父の大学の同級生で、作曲家の小坂務さん(歌手小坂明子の父)の指導を受けたことがありますが、ほとんど独学でした。

随分多く作曲されていますね。今まで何曲位作曲されていますか?

CMソング、ドラマ、映画音楽などを含めると3,000~4,000曲を作曲しました。著名な歌手の曲も数多く作曲しています。

コロナ禍の影響は受けていますか?

音楽イベントの中止により、音楽業界そのものが冷え込んだため、仕事は減っていますね。

LINE、ZOOMなどを使ったオンライン打ち合わせが普通になっています。

私の母校(大阪府立茨木高校)の同窓会もZOOMでやりましたよ。余談ですが、同窓会ソングを作ろうということになり、調子に乗って「カラオケ」に登録。日本中、世界中のカラオケで歌えて同窓会ができます。これは世界初ですね。(笑)

取材を終えて

明るく、楽しい方でした。これだけ音楽界で実績がある方が地域活動に積極的に取り組まれているのに、感服しました。また、人のネットワークづくりがすごい方だと思いました。

(担当/安藤、松島、吉田)

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