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更新日:2023年7月27日

麻布地区の地域情報紙(最新号)

 まちのお役だち(12) 関東大震災からまもなく100年~語り継ぐことの大切さ~

大正12(1923)年9月1日、突然襲った関東大震災。37年後に9月1日は「防災の日」と制定され、今年は大震災からちょうど100年になります。
この機会に、関東大震災と阪神・淡路大震災の概要と、東日本大震災は麻布消防署消防士3名の経験談もまじえてご紹介します。

関東大震災 「大正関東地震」 大正12(1923)年9月1日(土)午前11時58分

相模湾(さがみわん)が震源のM7.9、最大震度6(当時。被害程度は現在の震度7相当)。中央気象台観測室と東京帝国大学地震学教室の地震計の針は振り切れ、まるで暴風雨に襲われた小舟にいるようだったそうです。

東京、神奈川、千葉、埼玉、静岡、山梨、茨城で、全半壊した家屋は約160, 300戸。官公庁や有名な建物も全半壊・焼失。工場、研究所、薬局等でこぼれた薬品類が発火し、下町で85 ~ 100%焼失したエリアも。犠牲者約104,600人の95%が3日間の大火災による焼死のため「大正大震火災」とも呼ばれました。本所区横網町(ほんじょくよこあみちょう)(現、墨田区(すみだく))の被服厰跡(ひふくしょうあと)20,430坪の広場では、避難者約4万人の家財に飛び火して燃え広がり、約38,000人も犠牲に。麻布区は火災がほとんどなく185人、赤坂区は6.5%焼失し142人、芝区は25.7%焼失し494人亡くなりました。

熱海や伊東は津波と山津波の被害も甚大で、大洞山(おおぼらやま)崩壊で国鉄熱海線(現、JR東海道線)根府川(ねぶかわ)駅舎と列車と白糸川(しらいとがわ)鉄橋と村落が約100m下の海中に没するなど、多数の犠牲者が出ました。

政府は当日のうちに「震災内閣」を組織し、翌日「臨時震災救援事務局」も設置。救援拠点の芝公園には共同バラック(仮設住宅)が建ち、芝浦埋立地は救援物資の一大集積場に。

国は「帝都復興事業」を掲げ、7年後には「新しい東京」に。近代的な「同潤会(どうじゅんかい)アパート」が建つきっかけになりました。

阪神・淡路大震災 「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」 平成7(1995)年1月17日(火)午前5時46分

28年前、淡路島北部の野島断層(のじまだんそう)が震源のM7.3、震度7の激震。建物類約333,400か所全半壊し、火災も多数発生。犠牲者・負傷者あわせて約50,200人のほとんどが家屋や家具の倒壊により、約80%が圧迫死。

高速道路・駅・神戸港・三宮(さんのみや)の神社やビルの倒壊、人工島の液状化現象等の大打撃を受けた「異国情緒あふれる港町、ファッションの街神戸」など被災地で多数のボランティアが活躍したこの年は「ボランティア元年」になり、1月17日は「防災とボランティアの日」になりました。

これをきっかけに①家具転倒防止策、②木造家屋の基準を「新・新耐震基準」=「2000年基準」に、③建物の耐震化、④「DMAT(災害派遣医療チーム)」「ドクターヘリ」「ドクターカー」誕生、⑤東京消防庁が「ハイパーレスキュー隊:HR(特殊な技能・能力のスペシャリスト部隊)」創設、等実現。

東日本大震災 「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」 平成23(2011)年3月11日(金)午後2時46分

12年前、三陸沖が震源のMw()9. 0、最大震度7という「世界第4位の超巨大地震」発生。3分後に大津波警報発令と、瞬時に未曾有(みぞう)の大危機が。全壊した家屋は約107,800戸。巨大津波は高さ最大14.8mに達し、犠牲者約20,900人のうち、宮城・岩手・福島の3県で、水門閉鎖、避難誘導等で亡くなった消防団員と消防士281人も含む約15,550人の92.4%が津波による溺死でした。

13mの巨大津波が東京電力福島第一原発を襲い「世界でも例を見ない大事故」に。麻布台の「日本経緯度原点」は東へ約27cm移動、千代田区永田町の「日本水準原点」は約24mm沈下。NASA(米航空宇宙局)によると「地球が変形し、自転が早まり、1日の長さが100万分の1.8秒短くなった」そうです。

「地震名」と「災害名」?

  • 大規模な地震が発生すると気象庁が「◯◯地震」と命名し、政府が復旧・復興政策のために「◯◯大震災」と発表。

「マグニチュード」と「震度」?

  • 「マグニチュード(」M, Mj )
    震源から出る地震の大きさ。1増えると32倍。1以下:極微小、1 ~ 3:極小、3 ~ 5:小、5 ~ 7:中、7以上:大、8クラス:巨大、9クラス:超巨大。
    「モーメント・マグニチュード(」Mw )
    岩盤のズレの規模、地震波の周期と振幅から計算。時間はかかるが正確な数字。
  • 「震度」
    全国400か所に設置の「計測震度計」で測定される揺れの大きさ。震源からの距離や地盤の揺れやすさで変わり、0~ 4と5弱、5強、6弱、6強、7の10段階。7は「壊滅的」なので、これ以上の数で表さず。

田宮慎二(たみやしんじ)さん

小岩消防署水難救助隊から気仙沼市へ第3次派遣として(292名)

3月12日午前3時出動→午後4時から夜通し消火活動→13日夜明けから14日早朝まで水没地域での捜索・救助活動


  • 「一面沼だらけで建物がないなか、腰まで水に浸かりながら『生きている人を助け出す』ため、メガホンで呼びかけて捜索し、見つけたら救護所へ運びまた現場に戻るの繰り返し。はっぴを着た消防団員から助けを待つ人がいる場所を教えてもらい助かりました」
  • 「濁(にご)った水の中を歩くのでガレキを踏んでしまい、靴の底に穴が開き、水が入って困りました」
  • 「活動中の配給食料は食パン。食べ物の備えは大切です」

 

谷川裕介(たにがわゆうすけ)さん

京橋消防署築地特別消火中隊から気仙沼市へ第2次派遣として(129名)

3月11日午後8時40分出動→13日午前3時消火活動開始→途中休憩後、夕方から14日の朝まで夜通し消火活動


  • 「連(つら)ねて走る消防車を見た住民たちから『お願いします』と手を合わせられ、『人命が大切。確実に消す』と、重油とガレキでドロドロになり滑りそうな地面を踏みしめながら強い臭気のなか、広範囲の火災をひとつずつ消しました」
  • 「スーパーポンパー(遠距離大容量送水装置)で川から水を吸い上げ、普通のホースより太くて重く水圧が高いため、2人で持ち、振り回されそうになりながら必死で消火活動しました」

 

小室正史(おむろまさし)さん

第六消防方面本部・消防救助機動部隊(六本部ハイパーレスキュー:6HR)から東京電力福島第一原発へ第1部隊派遣として(68名)

3月18日午前2時出動→原発へ入る30人の一人に()→3月19日福島第一原発に到着→大破した建屋(たてや)を深夜に注水冷却


)決死の覚悟で挑む現場を指揮した総括隊長は「特に機転がきく隊員を選んだ」とのこと。

  • 「サイレンを鳴らして現場へ向かう途中、状況を知らない住民から『不安をあおるのでサイレンを鳴らさないで』と車を止められ、現場に近づくと誰もいなくて、ヘリコプターだけが飛んでいました」
  • 「トイレの備えの大切さを痛感しました」

 

布消防団・新消防団長紹介


志田周規(しだかねき)団長

昭和53(1978)年1月1日に入団され、45年3か月後の令和5(2023)年4月1日に団長に昇格されました。

地域の安全のために尽力してまいります。よろしくお願いいたします

東京消防庁は3県と新潟・千葉・静岡に514隊で3,243人を派遣され、皆さん本当にご苦労様でした。

区は「防災対策の主な取り組み」のひとつとして、全区民1人につき携帯トイレを20個配布します。「稲(いな)むらの火」の逸話から11月5日は「世界津波の日」ですが、3月11日も「大津波の日」として記憶しておきたいものです。

「花は咲く」

「NHK東日本大震災プロジェクト」のテーマソングであり、復興のためのチャリティソング。

作詞家と作曲家は宮城県出身。「花は咲くプロジェクト」として被災地と縁のある36人が歌い継ぎ、著作権料と売上金の一部は被災地の自治体へ寄付。

ちょっとアドバイス!

大災害になると停電や通信障害で、お店のレジは使えず、電子決済(クレジットカードや電子マネー等)もできません。公衆電話用にも日頃から小銭を用意しましょう!


参考資料

  1. 「写真集関東大震災」北原糸子(編) (株)吉川弘文館
  2. 「関東大震災」吉村昭(著) (株)文藝春秋
  3. コラム「関東大震災を語り継ぐというが」その1~3 
    (公社)日本地震工学会 片山恒雄 http://www.jaee.gr.jp
  4. 「関東大震災と鉄道」内田宗治(著) (株)新潮社
  5. 「港区史 図説 港区の歴史」令和2(2020)年12月発行 港区総務部総務課(編集)
  6. 「内閣府防災情報」https://www.bousai.go.jp
  7. 「消防団の闘いー3.11東日本大震災」(財)日本消防協会(編) (株)近代消防社
  8. 「2011.3.11東日本大震災 東京消防庁 活動の軌跡ー明日を信じて」
    東京消防庁、(公財)東京連合防火協会
  9. 「東日本大震災全記録ー被災地からの報告」河北新報社
  10. 「報道写真全記録2011.3.11-4.11東日本大震災」朝日新聞社・朝日新聞出版(著)、朝日新聞出版(刊)
  11. 「前へ!」東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録:麻生幾(著)(株)新潮社
  12. 「近代消防、被災地ボランティア活動と消防 第1回~4回」
    東京消防庁目黒消防署 増田孝幸(著)

取材協力

  • 田宮慎二 東京消防庁麻布消防署 1部大隊長(3/29時点)
  • 小室正史 東京消防庁麻布消防署 1部第二小隊長(3/29時点)
  • 谷川裕介 東京消防庁麻布消防署 1部第二小隊機関員(3/29時点)
  • 増田孝幸(ますだたかゆき)東京消防庁麻布消防署 警防課 地域防災担当(課長補佐)
  • 大田茂(おおたしげる)港区立麻布図書館館長
  • 東京消防庁麻布消防署 106-0046 港区元麻布3丁目4-42 Tel03-3470-0119
  • 港区立麻布図書館 106-0032 港区六本木5丁目12-24 Tel03-3585-9225

(取材・文/加生美佐保、加生武秀)

 町会・自治会元気だより(4)麻布本村町会(あざぶほんむらちょうかい)

麻布本村町のDNA̶ 麻布の真ん中で伝統を受け継ぐ

麻布本村町会では、江戸時代に作られた獅子頭山車人形(ししがしらとだしにんぎょう)を代々受け継いでいます。毎年9月の麻布氷川神社例大祭では、町会会館に設営された御神酒所(おみきしょ)で披露されます。これらを受け継いできた町会の思いについて、麻布本村町会第11代会長の久松博さんにお話を伺いました。

獅子頭と山車人形は町会の宝※1

azabu62-02-01.png山車人形は江戸時代後期以降、祭礼で町内を巡行しました。港区域では氷川神社はじめいくつかの神社で見られました。関東大震災と戦災で多くが焼失しましたが、麻布と赤坂の氷川神社の山車人形は免れて現存しています。お祭りで御神酒所に飾ると、遠方からも見に来られるんですよ。人形はお祭り前日に組立てるのですが、これどこだっけ、あれどこだっけと言いながら皆で完成させる楽しさがあります。いよいよお祭りが来たなとワクワクします。

コロナ禍での活動

コロナ禍で祭礼行事が中止になっても、御神酒所を作り、麻布氷川神社から宮司(ぐうじ)さんが来られて、御霊(みたま)入れをしていただきます。神輿(みこし)は出なくても、お祭りは継続しているということをお知らせしたいですからね。子どもたちには、町会で子ども用の半纏(はんてん)を作り、お祭りの時に貸し出しています。また、本村小の社会科の地域歩きで、この町会会館に来ることもあります。昔ここに商店街があったんだよと町の歴史を話すと、みんなびっくりするんですよ。

伝統を受け継ぐということ

町会長に就任してから14年。ここまで獅子頭と山車人形を守ってこられたのは、町会の先輩方から思いを託されたからです。それに、町会長だった父の姿を見ていたからかもしれません。今は、若い人たちが、みんな忙しいのに一所懸命やってくれています。昔からの「かたち」は、あって無いようなもの。今の感性で飾り付けしても良いのだと思います。町会のお祭りをずっと続けていけることが大事ですから。お祭りだけでなく、町会の行事は本村小学校や保育室のグラウンドを貸していただけるので続けられるという面があります。本当にありがたい。獅子頭や山車人形は、お祭りの2日間だけですが町会会館に飾るので、見に来てほしいですね。

※1山車人形「武内宿禰命(タケノウチノスクネノミコト、メイン写真右奥)」は、天保3年(1832)に本村町上之町谷戸の商家が願主となって製作されました。「素戔嗚尊(スサノオノミコト、メイン写真左奥)」(本村町新町)とともに、町会で守られてきました。さらに、文久2年(1862)9月に後藤三四郎橘恒俊が製作した獅子頭一対も現存しています。

■ 町会データ

  • 加入世帯数 760世帯

年間行事

1月 年始夜警
2月 餅つき大会
3月 バスハイク
4月 春季交通安全運動
5月 総会 本村小地区防災協議会総会
6月 防犯灯チェック 本村小地区防災協議会訓練
7月 ラジオ体操
8月 子ども納涼大会
9月 地域祭礼協力 秋季交通安全運動
10月 フリーマーケット 町会防災訓練
11月麻布地区総合防災訓練
12月防犯灯チェック 年末夜警

麻布本村町の由来

古川の谷へ南面する台地から傾斜地(けいしゃち)にかかっており、古くから住居好適地に選ばれたことは貝塚の存在することでもわかります。阿佐布という地名は当初このあたりを指したものと推定され、本村とは元村すなわち麻布の中心の意味といわれています。

港区ホームページ「麻布地区の旧町名由来一覧より」

取材協力

港区立郷土歴史館

参考文献

  • 久松安『麻布本村町会史』、本村町会史編集委員会、1988年、非売品
  • 『東京都の地名』、平凡社、2002年
  • 『港区史』第3巻通史編近世下、港区、2021年
  • 高山優「麻布氷川神社祭礼関係資料調査概要報告」、港区教育委員会

お問い合わせ

麻布地区総合支所協働推進課協働推進係
〒106-8515 港区六本木5-16-45
電話03-5114-8802 / FAX03-3583-3782

 (取材/田中亜紀、樋口政則、武藤佳菜 文/樋口政則、武藤佳菜)

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所属課室:麻布地区総合支所協働推進課地区政策担当

電話番号:03-5114-8812