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更新日:2019年9月20日

芝地区の地域情報誌(最新号)

 芝人VOICE 冨田 幸雄(とみた ゆきお)さん 有限会社トミタBOOKS店主株式会社富田屋商店 代表取締役

新橋四郵便局のとなりの昔ながらの書店、トミタBOOKSは、御成門駅や内幸町駅からも近く、仕事中や移動中に立ち寄るのに便利な場所にあります。店主の冨田幸雄さんは新橋で生まれ、50年以上にわたって書店を営んできました。長年の実績から多数の出版社や問屋とネットワークがあり、本の迅速な取り寄せで定評があります。冨田さんはまちづくりにも力を入れていて、新しく移り住んできた住民にとって新橋が都市での故郷となることを願い、安全なまちづくりに携わっています。

生まれ育った新橋のまちを災害に強い街並みに

明治から昭和初期

越前丸岡藩に仕えていた冨田さんの先祖が江戸末期に新橋6丁目の上屋敷で暮らしたのが冨田家と新橋との縁の始まりです。冨田さんの曾祖父は明治維新で武士階級が解体した後も新橋に留まることに決め、藩邸の近くの赤レンガ通り沿いに冨田家の居を構えました。そうして、秩禄処分でもらった公債を元手に、明治12年(1879)に現在の地で商売を始めたのです。(※秩禄処分:政府が禄を強制的に取り上げ、退職金代わりに公債を与えたこと)。

冨田さんが新橋に誕生したのは昭和14年(1939)。冨田さんの記憶に残る一番古い思い出は、空襲警報で防空壕に入る際、入り口の上げ板で頭をぶつけたことだそう。新橋で生まれ、人生のほとんどを新橋で過ごした冨田さんですが、このすぐ後、新橋を離れなくてはなりませんでした。

昭和19年(1944)、空襲が激しくなって、類炎防止のため家が壊されることに決まり、疎開を余儀なくされたのです。冨田さんが5歳のときでした。冨田さんの母の長兄が住んでいた浦和に行き、そこで終戦を迎えました。終戦の次の日に米軍の艦上戦闘機が悠然と浦和の空を飛んでいるのを眺め、戦いが終わったんだとの印象を強く抱いたことが今でも心に残っているそうです。

終戦後、一家は浦和から千葉の市川に移り、市川駅前の露天で金物を売り始めます。新橋に戻ってきたのは昭和23年(1948)、冨田さんが小学三年生の時でした。

トミタBOOKS

昭和37年(1962)、冨田さんが23歳のとき、お向かいの書店が廃業することになり、冨田さんはその店から権利を譲りうけ、現在のビルの裏辺りに本屋を開くことにしました。妹たちにも手伝ってもらい、一家で経営を切り盛りします。

開業初期の頃は近隣の会社が主要な取引先の一つだったため、会社要覧などを届けるついでに、そこの従業員に文学全集を販売するなどして、売り上げを伸ばしていきました。

昭和59年(1984)に現在のビルを建て、1階と2階を店のスペースにしました。新橋という土地柄、鉄道関連の本を集め、「こだわりの書店」として知られた時期もあります。

問屋と提携し、店に置いていない本を2日以内で取り寄せる仕組みを確立し、お客様のリクエストにすばやく対応できる体制を整えました。そういった努力が実り、バブル後の出版不況で近隣同業者の半数以上が廃業した中を乗り切ったのです。

現在は、文庫やコミックスの品揃えを豊富にし、雑誌のバックナンバーも含めて取り扱っている店として知られています。

書店は、長男が継いでいます。

新橋を災害に強いまちに

冨田さんは、新虎通りエリアマネジメント協議会の副会長として景観を考慮した沿道のまちづくりにも携わっています。新虎通り建設の際には、前愛宕三之部連合町会長の西村春夫さんに協力して、閉鎖型トンネルを設けることなどを東京都に提案し、実現にこぎ着けました。

平成27年(2015)5月には田村新交町会長に就任し、新しく建てられたマンションに移ってくる住民たちにも町会活動への参加を促し、企業とも連携して、地域とつながるよう働きかけています。

生まれ育った新橋が、直下型大地震に強いまちになって、皆が楽しく住める、安心安全なまちにするべく力を尽くされています。

取材・文:米沢 恵美

Information

  • トミタBOOKS
  • 新橋4-30-5
  • TEL:03-3431-0112
  • 営業時間:平日9時00分~19時30分、土9時00分~13時00分
  • 定休日:日・祝祭日

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 フレッシュ!ハチミツで芝の魅力発信!~芝BeeBee’s~

芝地区は都会的なイメージもありますが、実は公園なども多い、緑あふれる自然豊かなまちです。

そんな芝の自然を身近に体感できる養蜂事業が、三田いきいきプラザ屋上で行われているのをご存じでしょうか。

今回は、平成28年(2016)4月から芝地区総合支所の養蜂事業を検討・実施していくために結成された、公募区民によるプロジェクトチーム「芝BeeBee’s」をご紹介いたします。

現在約70名からなる芝BeeBee’sは、ミツバチの飼育を通じて、地域の人々との交流を図り、そこで採れたハチミツを通して、芝の魅力を発信しています。

メンバーは、専門家の岡田信行さんによる業務支援を受けながら、週1回の「巣箱内の確認作業」、「ハチミツ採取」、「屋上の緑の手入れ」などの活動をしています。そして、その活動のひとつとして、7月6日(土曜日)に、三田いきいきプラザのイベント“みたまつり”にて養蜂活動案内と養蜂体験、プロジェクトの副産物として採取されたハチミツの試食会が開催されました。

みたまつりで岡田さんにお話を伺いました。「重要なのは、ハチミツを販売することが目的でありません。養蜂を通じて人々の交流を図り、ハチミツを通して芝の魅力を発信することが目的なのです。チームメンバーとのミーティングという形でアイディアを出し合い、ミツバチの何をしていこうか、1から考えて話し合っています。ハチミツを活かして間接的に芝の魅力を伝えていこうと活動しているのです」

当日の会場では、芝BeeBee’sの皆さんが訪れた方に説明をしながらハチミツ採取の様子を披露してくれています。

ミツバチは、巣のハチミツの糖度が上がり巣が完成すると、自身の身体からミツロウを出して蓋をします。

「ハチミツ採取」とは、ミツロウの蓋をナイフで切って巣を遠心分離器にかけ、巣の中のハチミツだけを取り出すことです。この巣は、またミツバチに返します。ミツロウは、私たちの身の回りでは、ろうそくやハンドクリームなどにも使われます。

「ハチミツの採取は4月~7月にかけて、約1週間から2週間に1回行います。ミツバチの行動範囲は半径約2キロなので、芝にある公園などで咲いている身近な花や住宅街、街路樹など地域の花の蜜がハチミツになるのです。このハチミツから時間軸と、その季節を切り取ったフレーバーが楽しめます。ハチミツに携わる人や、芝の自然の背景を知るきっかけにもなっていただけたらうれしいです」と岡田さん。

みたまつりでは地域の方々と芝BeeBee’sのメンバーの楽しさを分かち合う笑顔であふれていました。ハチミツの味も大好評でした。

またアイディアを重ねて9月には、この芝の魅力がいっぱいつまったハチミツを販売する予定(下記参照)。これまでとはひと味違った視点から芝の魅力を発信する芝BeeBee’sの活動が、これからもますます楽しみです。

ハチミツ取材・文・写真:桑原庸嘉子

港区芝産ハチミツ『しばみつ』限定販売会

  • 日時:9月24日(火曜日)午前11時~午後2時
  • 場所:区役所1階ロビー
  • 販売品:しばみつ50g500円(税込)

※予定数量500個。お一人さま2個まで。

Information

  • 芝BeeBee's
  • 芝地区総合支所協働推進課地区政策担当

よくある質問

「よくある質問コンテンツ」をご活用ください。 よくある質問入り口

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お問い合わせ

所属課室:芝地区総合支所協働推進課地区政策担当

電話番号:03-3578-3192