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更新日:2020年3月25日

芝地区の地域情報誌(最新号)

 新橋SLビール サラリーマンの聖地・新橋にオリジナルクラフトビールが誕生しました!

サラリーマンのまち、おやじの聖地と呼ばれる新橋。その新橋を象徴するオリジナルのビール「新橋SLビール」が誕生しました。

企画したのは日本テレビグループで、地元企業の株式会社日テレ7。同社には地元地域の消防団で活動する社員がおり、地域交流のなかで「地元のお酒がない!」「新橋を盛り上げたい!」という思いがつのり、「新橋SLビール」誕生のきっかけになったそうです。

そして地元町会である愛宕一之部連合町会の丸哲夫会長、ニュー新橋ビル商店連合会の長尾哲治会長らと「新橋地域を元気にしたい」というコンセプトをもとに協議を進めました。

新橋の駅前のシンボル-SL蒸気機関車がネオン輝く夜の街に照らされて7色に輝く!そんなワンシーンを詰め込んだラベルデザイン-このラベルを手がけたのはタツノコプロ。「ハクション大魔王」の「それからオジサン」や「魔法のツボ」、「ヤッターマン」の「おだてブタ」。おやじ世代にはなつかしい人気キャラクターがおしゃれにちりばめられています。女性も手にしたくなるおしゃれなデザインです。

ビール醸造は三重県伊勢市にある伊勢角屋麦酒。その味わいは、濃厚なフルーツを感じさせる香りが特徴です。無濾過でホップ由来のフルーティーでジューシーな味わいと、フレークされた大麦やオーツ麦をブレンドすることで柔らかくなめらかな口当たり。さっぱりとした甘みと抑えめな苦みのニューイングランドIPA※で「記憶に残る新橋な味」を表現しています。

「新橋SLビール」のコンセプトには東日本大震災復興支援の側面もあり、原料には福島県いわき市のお米「Iwaki Laiki」も使用しています。いわき市と港区及びニュー新橋ビル商店連合会とは「商店街友好都市との交流に関する基本協定」を締結しており、「いわき市のために力になりたい」という地元住民の思いが込められています。

製造については、クラウドファンディングを活用し、100万円以上の資金を調達しました。本年1月より支援者にはリターンとして「新橋SLビール」の提供が始まっています。

実際に、支援者の方に飲んだ感想を伺ってみると「新橋ということで渋めのものを想像していたけど、フルーティーでおいしかった」(20代・女性)、「香りが華やか!乾杯や食前酒として気分が上がるかも」(50代・女性)、「ビールが苦手な人にも飲みやすい。幻想的でかわいいラベルデザインが良い」(40代・男性)、「さわやかでとっても飲みやすかった!」(20代・女性)など、好評を博したようです。

現在「新橋SLビール」を飲めるお店は、新橋駅前ビル1号館のクラフトビアバーなどに限られています。今後は、ビールを増産して、新橋の酒販店・コンビニエンスストアなどで販売予定です。

ビールラベルの背面には「港区シティプロモーションシンボルマーク」が入っています。港区の魅力やブランドを国内外に広く発信する企業や団体などが使用を認められるもので、販売を目的とした商品への使用が決まったのは「新橋SLビール」が第一号となります。

※IPA・・・ビールのスタイル、ペールエールの一種インディア・ペールエール。ほかのスタイルにはラガーなどがある。

取材・文:菊池 弓可

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 芝の老舗 老舗の活鰻卸問屋「三和淡水魚株式会社」

縄文時代から日本人が食してきた「鰻」。現在のように、鰻を開き、タレをかけて食べるようになったのは、醬油やみりんの歴史とも関わりが深く、18世紀頃からと言われています。18世紀の後半には、「江戸前」というのは、「江戸前の鰻」を意味するほど、江戸っ子は鰻の蒲焼きを好みました。

芝地区で活鰻の卸問屋を営む三和淡水魚株式会社の直営店「株式会社ての字」は、文政10年(1828)、江戸幕府第11代徳川家斉将軍の時代に創業した老舗です。初代の海老屋鉄五郎は、芝田町(芝2丁目)に魚屋を構え、徳川二の丸の御用達商となりました。当時、その付近は江戸前漁業の市場として栄え、鰻は水産物の一つでした。

屋号は、「海老屋」ですが、当時は名前の頭文字をとって「〇の字」と呼び合う習慣があり、鉄五郎は親しい仲間から「ての字」と呼ばれていました。江戸時代のミシュランガイドのような、嘉永5年(1852)に刊行された江戸の鰻屋の見立番付「江戸前大蒲焼」には「てのじ」の文字がみられます。また昭和3~8年頃に同業店の社員が描いた風景画には、金杉橋のほとりに「ての字」と書かれた店の様子が描かれています。

芝地区と結びつく「鰻」

現在、三和淡水魚株式会社は慈恵医大の近く、西新橋にありますが、この辺りは鰻屋が多く、近隣の店にも鰻を卸しています。

明治時代よりこの界隈は新橋花柳界といわれ、日本一の社交場と称されるほどの発展を遂げました。華やかな遊びで栄えるまちには、精力を補う食の需要が高まったのでしょうか。

鰻は芝のまちに結びついた色気ある食材なのかもしれません。

活鰻卸問屋に生まれて

9代目の当主、鈴木治社長は、芝のまちで生まれ育ちました。祖父の鈴木四郎は、老舗鰻問屋「ての字」の6代目酒井金七に指導を受け、戦後、酒井と共に三和商会(現在の三和淡水魚株式会社)を設立しました。

鈴木社長は大阪で修業を積んだのち、家業である活鰻卸問屋の三和淡水魚株式会社と直営店の飲食店「ての字」を継ぎました。

創業以来守り続けている「常に職人心を忘れず」をモットーに、主要産地から優れた養鰻家を選び、季節ごとに最高の鰻を仕入れるよう努めています。

建物の一階では、各地から届いた鰻が地下水を巡回させた桶の中で活きています。鰻の色を見ると、青く艶のあるものは身が柔らかく、茶色のものはやや硬めと分かるそうです。

鈴木社長から、修業時代より大切にしている鰻を捌く包丁をみせていただきました。鰻を裂く包丁は独特の専用包丁です。修業先の関西の包丁は、鰻を腹側から開く「腹開き」が得意な形状です。現在使用している関東の包丁は、鰻を背中側から開く「背開き」が得意な形状です。同じ日本でも、場所によって形も大きさも全く違います。

鰻と共に活き、老舗の伝統を守りながら、まちと共に生き、まちを愛する鈴木社長。

ビルが立ち並ぶまちの中で、地にしっかりと根付いた商売を続けている粋な芝っ子の情熱を感じました。

取材:森 明/早川 由紀
文:早川 由紀

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所属課室:芝地区総合支所協働推進課地区政策担当

電話番号:03-3578-3192