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ホーム > 芝地区総合支所 > 暮らしの情報 > 芝地区の地域情報誌(最新号)

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更新日:2018年3月28日

芝地区の地域情報誌(最新号)

 芝の老舗 芝の味を創作 「芝榮太樓(しばえいたろう)」

第一京浜の大通りから一筋入った芝神明商店街に暖簾を構える老舗の和菓子店「芝榮太樓」。日本橋の本店「榮太樓總本鋪」から暖簾分けを許された初代の内田長吉は、本店とは別の土地で新たに商売をしたいと、明治18年(1885)に芝神明支店として開店。創業から同じ地で営む店舗の看板には本店と同じ「榮太樓」が記された松の意匠に「芝」の文字が付きます。

5つの味わいを楽しめる小さい最中

明治35年(1902)、初代は小型の最中を考案します。種の型は貝殻、色は焦、中餡に漉、潰、白、胡麻、柚子の5つの味を揃えました。親戚の画家武内桂舟を通じ、芝仲門前に生まれ神明町で育った小説家の尾崎紅葉に最中の名を付けてもらいます。掛け紙には紅葉が命名し自ら書いた「江の嶋」の文字と、桂舟の木版画が描かれました。

明治45年(1912)に58歳にして他界した初代が残した言葉は「家内和合」。今も内田家に残っています。

初代の下で修業を積んだ娘婿の二代目長吉には、4人の娘と後の三代目となる以志夫さんが生まれました。大正12年(1923)の関東大震災後の火災で家屋や店を焼失するも、昭和2年(1927)、店を復興。しかし昭和16年(1941)に始まった大戦による空襲で再び家も店も失います。こうした大変な時代をくぐり抜け、昭和21年(1946)に復員した以志夫さんとともに、昭和29年(1954)、芝榮太樓を復活させる準備を始めます。当時33歳の以志夫さんは、菓子製造を父から一対一で教わりました。そして昭和30年(1955)1月30日、衛生完備のコンクリートを土台とした、不燃性の工場のある店舗で新装開店します。戦後の統制も終わり、製菓原材料が自由に選べることで、安全安心な精選した諸材料による菓子を提供できるようになりました。

昭和38年(1963)、二代目長吉が老衰のため他界。店を切り盛りする以志夫さんは時代の変化を体感したようです。

「戦後、穏やかな時代になると、親が子どもにピアノやバレエや日舞を習わせるようなりました。発表会のための和菓子の注文では、出し物にちなんだお菓子を作るのが楽しかった」と思い出を語っています。創業100年を迎えた昭和60年(1985)、芝榮太樓ビルを竣工。店舗の正面を第一京浜ではなく、芝神明商店街側にしたのは、神明様にお尻を向けてはいけないという考えを守ったからだそうです。

五代目、六代目へと伝統を継ぐ

平成に入り、三代目と後の四代目となる息子の吉彦さんは、徳川家の菩提寺である増上寺の葵の紋章をかたどった大型の最中「葵 玉梓」を考案し、各地の豆で試作を重ね、その豊かな風味から丹波の大納言を採用、販売。「玉梓」は、「恋文」の意を含み、大切な方からの便りのような菓子、頂いた方がまた大切な方に送りたくなる菓子であって欲しいと願い命名しました。

そして、平成14年(2002)、吉彦さんに代を譲った以志夫さんは、今年5月に満97歳を迎えます。いまなお「芝榮太樓ビル」で「家内和合」を願い、老舗と家族を見守り続けています。

五代目を目指す娘婿隆樹さんは、目下、職人としての腕を磨いているとか。芝公園で無邪気に遊ぶお孫さんが六代目を継ぐころになっても、いまのように安全安心で居心地がいい芝の街で、信頼され、愛される菓子業を続けていることを吉彦さんは願っています。

「芝榮太樓」には、地元や国内外の観光客が熱心に足を運んでいます。「和合」が世界に広がることを願います。

Information

  • 芝榮太樓
  • 芝大門1-4-14
  • TEL 03-3431-2211

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 芝にある風景 最終回 大野 正晴さん

昭和26年(1951)生まれ。39年間、新橋タカトク金物株式会社に勤務。

「新橋で生まれ育ちましたので、特に港区、芝地区には愛着を持っています。この地域には歴史的な名跡が多いうえに、新名所もあり、興味深いエリアです。芝地区の“心に感じる”素敵な風景を見出して描いてきました」

この連載のタイトルは「芝にある風景」ですが、今回は趣向を少し変えて『芝にあった風景』をご紹介したいと思います。

日本赤十字社本社は、芝大門一丁目で愛宕警察署のすぐ近くにあります。現在は近代的なビルになっていますが、以前あった旧館は大正時代に建てられた、レンガ造りの洋風建築で、とても雰囲気がありました。

このスケッチは40数年前に描いたもの。私の青年時代、建築設計の仕事を夢見ていたころの作品です。

すぐ近くの港区立桜川小学校に通学していた2年生のとき、伊勢湾台風(昭和34年(1959))によって、甚大な被害がありました。衣類などの救援物資を学校から赤十字本社へ持っていったことを覚えています。

このシリーズは、私のスケッチを文章とともに3か月に一度ずつ掲載してまいりました。約5年間になります。そして今回の作品をひとつの区切りとさせていただきます。皆さまにご覧いただき、そして、いろいろなお声を頂戴しました。大変、ありがとうございました。

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所属課室:芝地区総合支所協働推進課地区政策担当

電話番号:03-3578-3192